研究開発に関する戦略的検討委員会(Strategic Examination of Research and Development:SERD)が取りまとめた『Ambitious Australia Report』という報告書では、オーストラリアの研究開発税制優遇措置(RDTI)について制度の抜本的な再設計が提案されている。
RDTIは、オーストラリアにおける企業の研究開発(R&D1)に対する政府支援の中で最大規模の制度であり、企業によるイノベーションへの投資を促進する中心的な役割を担っている。同レポートは、この制度を重要な政策手段と位置付ける一方、その効果を高め、高成長の革新的企業をより適切に支援するためには改革が必要であると指摘している。
本制度は実質的に全面的な見直し(抜本改正)となる。しかし、提案されている改革の規模の大きさから、立法化は困難であり、実務上の運用はさらに大きな困難を伴う可能性がある。
提案された枠組みは、大幅な複雑性の増加も伴う。現行制度は、売上高に基づき還付可能控除と非還付控除を区別し、基本的に産業横断的に適用されている。これに対し、提案モデルでは、収益成長に連動する参入・退出の仕組み、産業別の適用除外規定、プレミアムインセンティブの枠組みが導入され、制度全体の複雑性が大幅に増加する。
本稿では、主要な提案内容および企業への影響を概説する。
より対象を絞ったRDTI
本レポートの中心的テーマは、RDTIをより明確に、高い成長可能性と実質的なR&D活動を示す企業に向けて優先的に適用すべきであるという点である。提案されている改革には以下が含まれる。
・RDTIの運用簡素化
・スタートアップ、中小企業(SMEs)、大企業ごとのインセンティブ区分の導入
・多国籍企業および大企業によるオーストラリア内R&D実施に対するインセンティブの強化
・還付型優遇措置へのアクセスの一部を企業の成長実績に連動
同レポートによれば、オーストラリアの企業によるR&D投資はGDP比0.9%まで低下しており、経済協力開発機構(OECD)平均である1.99%を下回っている。この傾向を反転させるためには、より強力なインセンティブが有効であると指摘されている。
一方で、ターゲットを絞った制度は、適格性判断における新たな複雑性をもたらし、事務負担軽減という目的と相反する可能性がある。
スタートアップ向けプレミアムRDTI
最も注目される提案の一つが、スタートアップ向けのプレミアムRDTIである。本提案は、以下の措置により高成長の初期段階企業を支援することを目的とする。・還付控除率を23.5%(現行18.5%)に引き上げ(法人税率に上乗せ)
・簡素化された適格要件
・年次還付に代えて四半期ごとの現金支給
・対象活動の拡大(初期の商業化活動の一部を含む)
これらの変更により、スタートアップの資金繰りの改善および、還付を待つ間のアドバイザーや資金調達スキームへの依存の低減が意図されている。
ただし、適格性は、ベンチャーキャピタルによる支援や認定アクセラレータープログラムへの参加といった特定のイノベーション基準を満たす企業に限定される。自己資金(外部資金なし)でR&Dを実施する企業は、特に最低R&D支出額要件が15万豪ドルへ引き上げられる提案の下では、制度対象外となる可能性がある。
また、代替支援策としてイノベーション・バウチャープログラムが提案されているが、R&D活動自体に対する支援として同等の効果を有するとは限らない。さらに、適格期間は原則3年に限定され、医薬品等のように開発期間が長い産業については、3年ごとの再申請により追加で3年間の適用が可能とされている。
中小企業(SMEs)に対する成長連動型アクセス
スタートアップ枠外の中小企業については、還付型R&D税額控除の適用対象となる売上高基準を5,000万豪ドルまで引き上げる一方、継続的な適用は収益成長に連動させることが提案されている。提案モデルでは、企業は当初、現行の18.5%の還付控除を一定期間適用できる。その後、継続的な適格性はインフレ率を上回る5%の収益成長の達成に依存する。この基準を満たさない場合、還付型優遇措置へのアクセスを失う。
本提案は、イノベーション活動を拡大している企業への支援を集中させることを主眼としている。
一方で、適格性を収益成長に結びつけることは、政策目的との整合性に関する広範な論点を生じさせる。RDTIは本来、成果の不確実性により本来は実施されない可能性のあるR&D活動を促進することを目的としているため、商業的成果に連動させることはこの目的と相反する可能性がある。特に、R&Dが製品化や収益増加につながらない場合であっても、実質的なR&D活動を実施している企業が還付対象となる資格を喪失する可能性がある。
さらに、本アプローチは、長期的または周期的なR&Dプロジェクトを実施する企業にとっても課題を生じさせる。収益成長が開発タイムラインより遅れる場合があり、成長連動型の適格性要件の複雑性は、特に市場変動の大きい分野において、SMEsによるR&D投資の戦略的計画を困難にする。
大企業に対するインセンティブ強化
本レポートはまた、研究開発・イノベーション活動を行う大企業および多国籍企業によるオーストラリア内R&Dの拡大を図っている。提案されている変更には以下が含まれる。
・R&D支出上限(1億5,000万豪ドル)の撤廃
・大企業向けインセンティブ構造の簡素化および強化
・企業とオーストラリアのスタートアップまたは研究機関との連携の促進
・フランキングクレジット計算からのRDTI控除の除外
大企業は、サプライチェーンの支援、共同研究、スタートアップ買収を通じてイノベーションエコシステムにおいて重要な役割を果たす。本提案はこれらのエコシステムを強化し、グローバルなR&D投資におけるオーストラリアの競争力を高めることを目的としている。
簡素化措置
RDTIの簡素化のため、以下の制度運用上の変更も提案されている。・補助的R&D活動に対するみなし率の導入
・最低R&D支出額要件の引上げ
・政府補助金受領時のクロー・バック規定の一部廃止
ただし、これらの簡素化措置は、再設計された制度における他の部分で生じる複雑性の増加を完全には相殺しない可能性がある。
特に、補助的活動へのみなし率は一部の納税者にとって簡素化効果をもたらすが、初期研究コストが大きく補助活動費が中核R&Dを上回る産業や、補助活動と中核活動が異なる年度に発生するケースでは懸念が生じる。この点については、みなし率をセーフハーバーとして扱い、より高額な支出を立証できる場合には詳細な登録・原価算定を認める方法がより実務的である可能性がある。
利害および政策上のギャップ
再設計されたRDTIは、高成長スタートアップ、スケールアップ企業、大企業・多国籍企業への支援を強化する一方、成長が限定的な企業へのアクセスを縮小する方向とみられる。想定される受益者としては、高成長スタートアップ、安定的な収益成長を示すスケールアップ企業、オーストラリアでR&Dを実施する大企業・多国籍企業、連携拡大の恩恵を受ける大学・研究機関が挙げられる。一方、小規模または初期段階のR&Dを行う中小企業、外部要因で収益が減少する企業、長期的R&Dを行う企業(ディープテック・ライフサイエンス分野を除く)は相対的に不利益を受ける可能性がある。
想定される見落とし
多くの企業にとって、還付型RDTIは収益成長が限定的な時期におけるイノベーション支援として機能してきた。成長連動型基準の下では、外的ショックが適格性に影響を与える可能性がある。農業、製造業、地域産業などでは、洪水や干ばつといった異常気象、サプライチェーンの混乱、コモディティ価格の変動、景気後退により収益が急減する場合があり、その結果、価値の高いR&D活動を継続している企業であっても支援対象から外れる可能性がある。
さらに、既存製品やプロセスの変革を目指す成熟企業においてもイノベーションは生じるため、制度再設計においては柔軟性の確保が重要である。
今後の見通し
Ambitious Australia Reportの提言は、イノベーションおよび生産性に関する今後の政策議論の一部となる見込みである。提案されている改革規模を踏まえ、RDTIの変更には業界との協議および詳細な制度設計が必要となる。
現在RDTIを利用している企業は、特に成長連動型要件や閾値変更による影響の観点から、今後の動向を注視する必要がある。
次のステップ
BDOオーストラリアは、RDTI改革に関する動向を注視している。制度変更が組織に与える影響の検討や、変化する政策環境下におけるR&D投資戦略についての助言を希望する場合は、BDOのR&Dおよび政府インセンティブ専門家にまでお問い合わせください。
また、RDTIの最新動向については税務インサイトの購読が推奨されている。
著者:
Nicola Purser
Mark Thompson
Daniel Splatt
Jarrod Martin
(BDO オーストラリア)
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1 R&D(Research and Development):OECD(経済協力開発機構)において、「知識の蓄積を拡大し、新たな応用を生み出すことを目的として行われる創造的かつ体系的な活動」と定義されている。
具体的には、基礎研究・応用研究・実験開発を含む概念であり、成果が不確実である点や新規性を伴う点が特徴とされる。また、オーストラリア政府においても、R&Dは企業によるイノベーション創出や生産性向上を促す重要な活動と位置付けられており、R&D税制優遇(RDTI)はこうした活動への投資を促進するための主要な政策手段とされている。
【引用先】
・Frascati definition of research | Research Services
・Definitions of Research and Development: An Annotated Compilation of Official Sources | NCSES | NSF
・Research and Development Tax Incentive | Department of Industry Science and Resources
